夢見るように太りたい
1月1日
皆様、新年あけましておめでとう。
今年もよろしくお願いします。
激動の21世紀になりそうな予感がいたします。
でも、負けまへんで。
毎年、元旦はお墓参りにくのがワタクシの家の習慣。
というか、今から13年前、平成元年度に始めて以来
ずう〜っと続いています。
何故かといえば、
その年以来、運命的に自分の人生が変わったから。
簡単に言えば、よくなりましたね。
13年前のワタクシは俳優を志していました。
ところが、全くダメ。
どうしたもんかと日々悶々としておりました。
で、新年に墓参りをしてから
今の職業に就き、
ある種の天職に就けたと思っているのです。
あまり、神様仏様を信じないほうなのですが、
先祖を敬うのだけはアリかな、と。
よくよく考えてみれば、
先祖なくして、今の自分はないわけですし、
赤他人の有名な神社にお願いするよりは
血縁者である
自分の先祖に何らかのお願いをしたほうが
効果があると思いません?
で、事実効果がワタクシ的には
13年前以来、あったと思っているのです。
あと、皆さん初詣に有名な神社に行きたがりますが、
自分の住むエリアの氏神には
詣でているのでしょうか?
いわゆる神様ってのは地盤制みたいな
もので、氏神,氏神が
ある一定のエリアを担当しているわけです。
つまり、
その、エリアの氏神を先に詣でないと
意味がないそうです。
ですから、地元の神社をしっかりお参りしてから
有名神社にいく。
できれば、先祖も詣でる。
これが基本なんだそう。
(正月のお墓なんて誰もいないんじゃ…)
と思うでしょ、
ところが、屋台が出るほど混んでいます。
(うちは松戸の八柱霊園なんだけど、今日も混んでた)
ワタクシの家と同じように
正月詣でしている家はたくさん
あるんですな。
どうにも運気が悪いなぁ、という人は
お正月の墓参りを試してみるべき。
人生変わるかもよ。
香港旅日記は現在執筆中です。
ではでは、今年も頑張ります!
1月3日(2日分も込み)
昨日は1日HPの更新するため
ガンガンに文字を書いた。
何しろ10日間以上、何も書いていないので
思考が原稿書きモードになっていない。
かなりの分量なのだけど、
見直し一切なし。
ゆえに、これから何度か見直して
完成してUPしている文章も
直す可能性大。
原稿がすぐ直せるのもHPのいいところです。
「うるるん」をパクッたぶるるん。
タイトルに随分と悩んでしまったので
直すかも知れません。
紀行文に登場するミスKに関しては
誰? 実在の人物?
という質問は一切受け付けません。
空想の人物かもしれないし、
実在の人物かもしれないし。
そういうのってこのHPに
あまりなかったから。
今回みたいな試みは初めてなんです。
それにしても海外から帰ってきてから
元旦の行事が終わったら何もすることなし。
ただひたすらに食べて飲んで
PCいじって
引きこもりの少年とはこういう生活なのかな。
だったら引きこもりの少年はみんなデブだな。
で、ますます外に出たくなくなる。
明日は4日。
本来は5日から出社しようかと思っていたけど
あまりにも暇なんで
とりあえず、午前中にプール。
で、それから事務所に行こうかな、と。
表参道は21世紀を迎えてどうなってるんやろな。
休み過ぎて、少し仕事が恋しい。
う〜ん、病気やな、これ。
1月5日(うちは仕事開始です)
事務所からの更新です。
とにかく、海外から帰ってから何もすることがなく
日記のネタにも困る始末。
ああ、ガールフレンドでもいて
初詣にいっておみくじを引いたとか
書ければいいんですけどね。
寂し。
でも、本日は夕刊フジの校了をザザっと
やって、これからとりあえず
年始の挨拶回り。
夕刊フジに顔を出して、
辰巳に顔を出して、
それから、それから。
宝石にさっき電話したら
誰もいないそう。
じゃあ、いいや。
激動の21世紀が今日からはじまりまんねん。
頑張りま!
1月6日(早くも真夜中の更新ですばい)
年始回りにいった
スコラ社から
いきなり韓国に行く仕事(取材ですよ)の発注。
アジア経験は数あれど、韓国は初体験。
痛くされたらどうしよう……
という心境なのですけど、
性格的に、
「ああ、ちょろいですよ、平気です」
と引き受けてしまった。
問題はレギュラーものの取材に関して。
相当頑張って前倒しにしないとなぁ。
ここは思い切ってスタッフに頼ってみるのも手ですかね。
来週末には出発する予定。
なんか、この1ヶ月で
日本→香港→マカオ→香港→タイ→香港→日本
→韓国→日本と
いけないものの密売人のような
旅を繰り返している。
休暇でいく海外はいいんですけど、
仕事でいく海外ってのは辛い。
いやでも取材だと頑張らなきゃいけないですからね。
ワタクシへのオファーですから
もちろん、出版社側の希望としては
アレのほうもガンガンいってくれということでしょう。
まあ、ワタクシもアレは嫌いじゃないですから
いいんです。
でも、限度ってものがありますからね。
若いころならそりゃ、いけましたよ。
1日に5回とか6回とか。
もう、回りの人なんかが呆れるぐらい。
女性なんかは
「すごい!」
と驚きの声をあげたり。
でもね
30の声を聞いてからめっきり……。
香港、バンコクでも感じたんですけど
もう、すぐダメになってしまう。
でもね、取材となると
無理しますからね。
大丈夫かな。
1日に何回も焼肉やらキムチやら
食べられるかなぁ。
すっかりアレ、
つまり食が細くなってしまった
今日のこのごろです。
え、アッチのほうだと思ったって!
う〜ん、そのほうが
もっとダメかも。
とほほ。
1月7日(日曜日でんな)
昨日は夜の7時から高校時代の友人の
結婚パーティに出席。
高校時代同級生の参加者は20人ほどだった。
実家の職業を継いでいるものも多く、
建築会社、印刷など
立派な若社長さんが大勢いた。
家を継ぎ僧侶になっているヤツもいて
頭に髪がなく笑えたが、
それは僧侶になったがゆえに
剃髪したわけではなく、
30歳のとき(当時は公務員)にはすでに
ツルツルだった。
ハゲが相応しい職業に就けて彼は幸せなヤツだ。
1次会は洋風の居酒屋のような店で
ビール、水割りダブルを4杯。
ところが料理らしい料理が
出なかったためすきっ腹で
少々酩酊。
その後、2次会でバーに行き
既に酔った勢いは止められず
バーボンのダブルの水割りを
さらに3杯。
すでに
結構な酔っ払いである。
そのまま家に帰ればよかったのだが
一度火がつくと止まらない体質ゆえに
ひとり新宿の2丁目へ。
そこでさらに水割りを2杯ほど飲んで
そうとうな酔っ払いになっていたところに
週刊Hの編集Yと記者Y、その連れ男性の3人組
と一緒になる。
で、休刊に関して編集者Yと
アレコレ話してをしていたら
記者Yが
「連れの客がいるのにそういう話はやめてくれ」
と言うので
面倒臭くなって帰ることにした。
何を気取ってのか知らないが、
そうとうなヤツだ。
別れ際に
何故か「すみませんでした」という記者Y。
「何言ってんだ、俺にクンロクつけたんなら
それなりの覚悟してんだろ」
と言い残してタクシーに。
で、家に帰ってからも
少々飲んだら
日曜日だというのに
エライ二日酔いで動けず。
プールにも行けずにひたすら水を飲み寝ていた。
ああ、酒を飲んでも面白いことはねえ。
やはり健康を考えて酒を飲むのは
控えるべきだろう。
仕事してるほうが面白いな、
と思う今日この頃。
明日こそはプールに行こう。
1月8日(もう、9日になったけど)
今日はプールで泳ぐと心に決めて
いたので、14時頃からジムへ。
祝日のプールは意外にすいているの
だけど、今日は混んでたなぁ。
で、最近は外国人も多くて
デカイ白人女性が同じレーンで泳いでた。
あまり水泳は得意ではないらしく
25メートル泳ぐと休憩、休憩
を繰り返す。
で、デカイお尻をスタートゾーンに沈めたまま
休憩してるからえらい邪魔だった。
でも、外国人だからジムの兄ちゃんも
注意しないんだよね。
お尻はデカイけど脚はやはり白人らしく
異様にながくて
へたくそな平泳ぎですれ違うたびに
ワタクシのこの逞しくたるんだお腹を
ボコっと蹴る。
さほど痛くないんだけど、
マジで泳ぎ辛かった。
せめて対向する泳者とすれ違うときだけは
ドルフィンキックになる技術が
あればいいんだけど
ないんだな、あの白人女性には。
で、1200ほど泳いで
本屋によって韓国関係のガイド本を
死ぬほど読みまくった。
もはや、頭のなかでは
韓国一周してきたほどの知識が詰まった状態。
あとは、その知識を実戦して
自分で体験してくるのみ。
ガイドには頼らない取材のほうが
イイと思うんですよ、
自分的には。
明日はその韓国取材の打ち合わせが
16時から新宿で。
いよいよ、お仕事が始まる感じです。
頑張ります!
1月10日(もう深夜の更新だ)
火曜日は夕刻から韓国取材の打ち合わせ。
なんか、あまり決まらなかったけど
とりあえず方向性は決まった。
あとは、こちらのプラン的な部分の
すり合わせだけ。
一緒に旅をする木カメラマンは
かなりのベテランとのこと。
まあ、安心していこう。
ところが、大変そうなのが
向こうの気候。
なんとマイナス10度近いそうだ。
よっぽどの防寒具を着なくては
ダメなのだが、
そう寒くない東京なので
たいした防寒具を持っていない。
とりあえずソウルで買うか、
とも考えている。
結局、1号8Pだったのが
6Pの企画に減り、
これだと詰め込み過ぎで
散漫になる可能性を示唆。
すると3号連続で12Pに
膨らんだ。
そのほうがギャラももらえるし、
経費も増えるだろうし
いいかなぁ、と。
とりあえず、明日は事務所で徹夜体制で
夕刊フジ用の原稿を書かなくては。
とりあえず今、一番重要なのは
風邪をひかないこと。
健康を考えるようになったなんて、
大人というより
ジジイになった自分を感じる。
1月13日(現在深夜の3時45分)
いやはや、忙しかった。
とりあえず、15日から韓国へ取材に
行くことになったため
その前に締め切りどどん。
でも、スコラの対応も困った。
航空券とか取ってなくて
12日なって慌てて
ワタクシのラインで取りました。
で、なんか不安材料がたくさんあるんですな
これが。
まあ、なんとか形にはしてきます。
プロですから。
で、更新しなかった間には
人妻の風俗へ取材にいき
キャバクラに取材にいき、
そうそう、12日は午前中に傍聴にもいきました。
これといったのはなかったんだけど
女性名前で○○香織という被告人がいて
罪状が『傷害等』。
裁判所の受付で閲覧できる予定表では
一番大きな罪だけが書かれて
その他の罪は等で表現されることが
多いんです。
(例えば、麻原の場合は殺人等という具合に)
で、楽しみにしてたら
急遽、延期。
なんでだろう?
何かあったんだな。
う〜ん、傍聴したかった。
実を言えば、
香織って名前が好きなんです。
香織って名前に妙な美人を思わせる
期待感があるんだな。
でも、ダンプ松本も香織だったよね、たしか。
う〜ん。
でも、男って名前だけでも
あれこれ想像できる動物なんですよね。
え、ワタクシだけですか?
1月14日(深夜です。もう3時)
土曜日は某編プロの社長と別件にて
打ち合わせ。
で、家に帰ってからは
韓国の資料をあれこれと読む。
そうそう。
変わった仕事といえば、
週刊宝石の最終号で
村西とおる監督のコメント取材の依頼。
一時はAV業界に君臨したダイヤモンド映像が
倒産してから早数年。
あれこれ人脈をたどりどうにかアクセス。
さすがに負債数十億で倒産しただけに
落ちこんでいるかと思えば。
債権者から逃げながらも
電話口に出た監督は元気だった。
「どうも、週宝のしまです。ごぶさたしてます」
「いやいや、どうもぉ〜」
「監督、お元気でしたか?」
「不肖、村西とおる。何があってもへこたれません!」
借金総額は今なお数10億というのに
元気だった。
「しま君。借金もね、1億2億ならば
払え、払わないと殺す!と言われるものです。
でもね、10億もあれば、そら丁寧なものです。
『風邪などひかないように』と心配してくれます」
強い人なのだ。
コメントは休刊に向けてのお言葉。
「そうですね、人生とは常に敗者復活戦なのです。
敗れたことのない人間に多いなる飛躍、
サクセスは望めません!」
人生で何度も敗北を知る人の言葉は強い。
「これはサクセスだけでなく、セックスにおいても……」
どんどん、乗ってくる。
監督のバイタリティを見習うべき。
そう、思った。
不肖、しまはるよしも頑張ります!
1月18日(木曜日)
アニョンハセヨ!
ようやく、零下17度の韓国・ソウルから戻ってまいりました。
いやはや、寒かった。
まあ、詳しくは2月2日発売のスコラで書きますが、
マジで寒かった。
「いやすごい時に来ましたね」
と地元の人に言われるぐらい
記録的な寒さ。
11年ぶり説、15年ぶり説、20数年ぶり説が
飛び交うほどの寒波襲来だったのです。
簡単に言うと
ソウルを流れる川・漢江が凍るほどの寒さなのです。
もし遊びで訪れたのならホテルから1歩も出なかったでしょう。
しかし、仕事ですからね。
雪の八甲田を歩くような気持ちでソウルの町を
徘徊してまいりました。
初めての韓国でしたが
いろいろなことを感じましたね。
安いと感じたのは
衣料品、靴、交通手段各種、食べ物。
高いと思ったのは
それなりのホテルの値段
そして、一部の夜遊び。
で、
感激してしまったのはアレ。
う〜ん、アレはすごいぞ、まじで。
アレに関してはどこで発表すべきか悩んでしまいます。
韓国の女性は美人が多い、といいますが
アララ、という人ももちろんいました。
でも、平均点は高いかな。
で、凄くシャイかもしれません。
肌はきれいですね。
あと、足がまっすぐでいい。
夕刊フジのかんサンに
「韓国はパソコン先進国だからノート持っていったほうがいいよ」
といわれ担いでいきましたが、
宿泊したホテルの部屋にはPCのケーブルはなし。
ビジネスセンターにいけば無料でパソコンを
いじれるんですが、毎日夜に凍えてホテルに戻っていたため
それもしませんでした。
1度だけ街のPCバンに入ったのですが
当然のことながらハングルのみ。
日本語の文字が書けるソフトは入っていませんでした。
むしろ、タイのほうがその辺はすすんでたかな。
でも、回線は早かった。
マジで早かったです。
さあ、今日はとりあえずデジカメの処理をして
明日にはレイアウト回し、
ちょっと過酷な仕事だったかもしれません。
ああ、今度は気候のいいときに
ひとりでふらりと行きたい。
そう、アレのために。
ではでは。
1月20日
ようやく韓国のレイアウト出しが終了。
あとは書くだけ。
まあ、日曜出社でもしてシコシコやろうかなぁ、と
思っています。
昨日、レイアウトを出した事務所は
10年ぐらい前から知ってるA利が経営する会社。
彼は20代で事務所をつくり
今や社員16名、ビルの3フロアーを借りて
編集プロ、デザイン事務所を経営。
現在36歳。
たいしたものだ。
彼は元々は記者だったのだが、
会社を興したときから
営業と経営に専念。
「しまさんのスタイルでは単なる師匠と弟子の関係
になるから利益は出ませんよ」
と指摘された。
まさに、そのとおり。
結局、うちのスタッフは原稿職人しまに
見習として付いているようなものだ。
実を言えば、これが
今後の大きな課題なのだ。
で、ふたりで夜の新宿へ。
1軒目は何故か焼肉。
2軒目は女優のY須賀さんが
やってる店。
3軒目はキャバクラ
4軒目はエヘヘ
5軒目がラーメン屋
解散したのが朝の5時
いやはや久々に呑み過ぎて
今日は朝からビールで迎え酒。
で、惰眠をむさぼってしまった。
こういう生活を1ヶ月ぐらいすると
すぐに10キロは太ります。
太りたい人はぜひ。
ああ、明日こそプールで泳ぐぜ!
1月23日
ようやく、韓国取材の原稿が終わった。
金曜日にレイアウトを出して
土曜日にデザイナーさんからラフがあがり
日曜日に執筆して
月曜日に渡す。
で、火曜日の今日に校了。
おいおい、月刊誌の進行ってこういうのかぁ?
というスケージュール。
という忙しさのなかなのだが
昨日は週刊宝石グラビア班、最後の飲み会があった。
19年という歴史に幕を降ろすわけで
それは悲しいものになるかと
思えばそうでもなかったかな。
まあ、吹っ切れないとね。
他にも雑誌はたくさんあるんだし、
それぞれそれなりの腕があるから。
ワタクシは三年半前に編集部から独立して
自分の会社を興したため
ある意味では部外者なのだけど
関係者待遇で飲み会に誘っていただいたのだ。
各スタッフの今後はもちろん、
社員編集者たちの行き先もまだ決まっていないそうだ。
これからしばらくは残務処理。
最終号は1月25日発売。
ワタクシはかの村西とおる監督のコメントを
取っているが、どういう風に掲載されるのかは
韓国に行っていたので校了など見ていない。
まあ、いいか。
また、嬉しい話もちらほら。
夕刊フジで書いた性病のお話で某出版社から電話があったり
夕刊フジで書いている人妻のコラムで
某男性週刊誌からお話を頂いたり。
逆に週刊宝石という故郷がなくなった
ことでどんな土地にもどんな国でも
さまよえるジプシーになった気分かな。
いまどきでいうなら
バカボンド。
放浪のライターとして
業界を歩いていきます。
業界関係者の方、お仕事くださいね。
イイ仕事しますよ!
ああ、そうだ、
昨日、業界関係者でうちのHPを見てくれている
ライター、カメラマン陣に
上の画面だけは見えないという指摘あり。
他にも見えない人っています?
ODNで検索してたどり着くと平気なんだって。
なんでだろう?
まだまだパソコンには未知のことが詰まってます。
1月24日
今日は夕刊フジでワタクシが書いている
記事を読んでいただき
K川書店とT間書店の方から
お声がかかり
営業へ。
どちらも新社屋がドカンとしていて
すごかった。
さらに
どちらも面白そうなお話だったので
頑張ってみようかな、と思う。
一応、過去の記事なんかファイルしたりして
「ヌードからフードまで」
なんて言ったりして。
考えてみると営業って
ほとんどしたことがなかったのだな
これまで。
何かがなくなると
何かがくる。
仕事ください、と見ず知らずの
編集の方にお願いにいったことがないんです。
なんとなく依頼がきて
それをやっているうちに
次につながっていくパターン。
自分でも最強の仕事運の持ち主だと思う。
それに、暇になると怖くなって夜も眠れない。
(ああ、俺はカラダはデカイけど小心者だ……)
と思うことがよくある。
これからは頂いたお仕事は誠心誠意一生懸命やる
姿勢がないと辛い時代だろう。
出版は冬の時代だからね。
でも、ワタクシがT間のA芸とかで
早速、仕事し始めたらみんなは言うんだろうな。
「宝石と切れたと思ったらすぐにA芸かよ」と。
「あの、尻軽が!」と。
そのうち、T衆とかJ話とかでも仕事するように
なったりすると。
「あいつ、節操ないよな」とか
「八方美人だよ」とか
言われちゃうのだろうか。
もしかすると
「あいつ、すぐヤルぜ」
というヤリマン伝説を囁かれるかもしれない。
でも、拒めないんです。
誘われると、つい。
女のコに生まれていたら
ヤバかっただろうなぁ。
でも、
いつでも、どこでも、誰とでも
お仕事はするつもりです。
あ、でも、お金はちゃんと頂戴ね。
ショートで2万円から。
でも、気に入った人なら安くてもいいよ。
ほんと、女のコに生まれなくて……。
1月25日
今日は昼から池袋地区の
人妻店を池袋三店舗取材。
この取材をするたびに感じるのが
結婚とかしたら怖いなぁ、という感覚。
だって、絶対にわからないもの。
男という動物は身勝手だから
自分の不貞は許せる(というか許している)けど
妻や彼女の不貞は許せないと思うんですよね。
嫉妬に身を焦がすというか。
毎回、そんなことを感じながらも
読者様的には恐怖を煽るように
書いているんですけどね。
で、今日の困った問題は
足を捻挫したこと。
昨日、K川書店に行くときに
地下鉄の飯田橋を出たところで
わずかな段差につまずいて
右足をグキッと。
両膝をつくレベルで久々に
転んだわけです。
その瞬間は
(こんなデブが転んだんだから
周りの人はみんなこっちをみてるはずだ。
『ああ、あのデブ転びやがった』
というさげすみの目で見られてるんだぁ)
という恥ずかしさから
スッと何事もなかったように立ち上がり
テクテクと歩いたのです。
捻挫したかなぁ、とは
思っていたのですが、特に激痛なわけでなし。
昨日の夜もなんとなく
痛かったのですが、
そのままにしておいて
今朝起きたら足が地面につけられないほど痛い。
代謝が悪くなっているためか
翌日になってようやく激しい痛みがキタのです。
でも、特に腫れているわけではなく
鈍い痛み。
(ひょっとするとこれは痛風か?)
とか思いましたが、
痛風ならばもっと痛いはず。
おそらく
筋か骨かをやってしまったのでしょう。
何しろこの体重ですから、
右足をかばって歩いて
左足もイカれるなんてことにならなければ。
引退した曙の両膝痛の話を
思い出してしまったのです。
一度足をやるとデブはなかなか治らない説
がありますからね。
痩せよう。
そう、誓うわけです。
きっと
足が治ると忘れるんだけど……。
1月26日
昨日はスタッフが書いた夕刊フジのワイド原稿を
チェックした後、激暇に。
で、フラッシュEXの打ち合わせをかねて
光文社へ。
18時から週刊宝石編集部最後の飲み会が
1Fの食堂で行われているというので
ちょっとビビリながら顔を出した。
「てめぇが悪いんだ!」
とか言ってよってたかって
殴られてるヤツがいるのではないか?
と思ったのだが和気あいあいの雰囲気。
まあ、もう仕方ないもんね。
で、お別れの握手をいろんな人として
グラビア班のスタッフと歓談していると
編集総務部の愛すべき紳士・H本氏が
笑顔なのか怒っているのかわからない表情
で近づいてきた。
突然、
「忘年会のこと書いただろう!」
とパーティ開始20分後にもかかわらず
かなりアルコールも入っている様子で
追求された。
手に持った水割りのグラスをグリグリと
ワタクシの顔に押しつけてくる。
グラスの冷たさが頬に伝わる
素敵なスキンシップだ。
これは夕刊フジで報道された記事に関してなのかな
と思って
「いや、記事が出たとき僕はバンコクにいました。
ホテルまでコメント求める
電話はかけたそうですけど
コメント出したのは僕じゃないんですよ」
と言ったら、
「そうじゃなくてホームページだ、ホームページ!」
まさか、光文社の総務部がワタクシのHPなど
見ているわけがない、と思っていたのだが……。
「俺のことオヤジって書いてたな」
「いや、それは……」
「オヤジって書くなよ」
「あ、はい」
「もっと素敵な人物を想像させるような表現にしろ」
「はい。心がけます」
「よし」
どうやらご丁寧に総務部の誰かがこの日記を
プリントアウトして愛すべき紳士・H本氏に
見せたというのだ。
(今回はそういうことしないでね)
でも、非常に懐かしくなった。
新人で入った22歳の頃は周りには
こういう大人しかいなくて
よく酒場でグリグリされたものだ。
10分ほど会場をうろついて挨拶をして握手をして
足早に会場を出ようとしたとき
忘年会で激を飛ばした
ライターY田氏から呼びとめられた。
握手をして、「じゃあ」と一言。
うん、これでイイ。
その後、フラッシュのF井氏と新宿へ。
彼も元週刊宝石編集部の出身なので
あれこれと昔話をした。
で、どうせどっかでみんな飲んでるんだろう
と思い携帯にTELしまくり。
ところが、全然誰もつかまらない。
ようやく、副編A井氏が昔みんなで大騒ぎをした
2丁目の『C』にいて合流。
A井氏はよくこの店で全裸になって
カウンターの上を歩いたりしていた
思い出深き店だ。
で、A井班のスタッフの方々と
あれこれと今後の出版業界について意見を交わした。
6月にリニューアルされる雑誌はどうあるべきか
という内容だったのだが、既に酔っていて何しゃべったか忘れた。
まあ、ワタクシに声をかけてくれれば
その本はうまくいくでしょう。
ワタクシがやった企画だ
からウケるというのではなく、
ワタクシが参加していれば、
その媒体は何故か繁栄する。
どういうわけかいままでず〜っとそうだった。
光文社でも2誌ほど新雑誌が過去に創刊している
のだが、知り合いの編集者はたくさんいるのに
一度も仕事はしなかった。
で、休刊。で、休刊。
週刊宝石も末期は全然レギュラーなしだったからね。
で、休刊。
でも、現在、大変お世話になっている夕刊フジも
FLASH EXも売上は好調だそう。
太った座敷童は
次はどこへいくべきなのか?
久々の二日酔いの頭を抱えて
思案中だ。
1月27日(土曜日だね)
いきなりの大雪だというのに
事務所に出なくてはいけないかった。
自宅から出ると一面白、白、白。
雪の中を歩くのは寒いけれど好きな点もある。
普段は聞こえる雑音が雪に吸収されるのか
妙に静かな感じがイイ。
表参道に到着して
事務所の窓から原宿の街を見下ろすと
狂ったケーキ職人が粉砂糖を
チョコレートケーキの上に振りかけているような
有様だった。
不景気だからだろうか?
それとも人間は黒に温かさ(というか防寒)を
感じるのだろうか?
黒い洋服を着た人が多い。
(自分もそうだったけど)
街全体が葬式色に見える。
こういうときにこそ、赤とかピンクのコートを
着ると目立つだろうなぁ、と。
紅白で御めでたい。
林家ペー,パーさんなど雪の日にこそ映えるだろう。
事務所で夕刊フジの校了と原稿2本を書いて退出。
早速、届にフジに向う。
根性あるなぁ、と思ったのは女子高校生たちだ。
この寒さのなか短いスカートで
しかも靴はローファー。
相当に寒いハズだろうに。
オジサンが暖めてあげよう、というレベルのコは
いなかったが、オシャレ(彼女たち流の)とは
根性、我慢だと思った。
夕刊フジに無事原稿を届け終わり、帰宅。
池袋の街をうろつこうかとも思ったが
さすがにやめておいた。
電車も止まっているようだ。
家に帰り、無償にラーメンが食べたくなり
材料を求めスーパーに。
これまでラーメン店の取材は100店はしただろう。
よく、どこが美味しかったですか?
と聞かれるのだが、最終的には
「自分で自分好みに作ったやつが一番ですね」
と答えることになる。
好きなのは太い麺と美味しいチャーシュー。
せっかく時間もあるのだから、と
自分で作ることにした。
豚のバラブロックと太めの麺を購入。
さすがにガラやゲンコツがスーパーになかったので
スープは市販のものにアレンジを加えて
使うことにする。
チャーシューはまず表面をパリっと油で焼き
酒、醤油、しょうが、ニンニク、ネギの青いところ、
砂糖、ダシ汁、の汁のなかに漬け込む
30分後、
火にかけてさらに30分。
さらに火を止め、そのまま30分(このときに固ゆで卵を汁に入れ
味付け卵も作る)寝かす。
その豚を煮込んだ汁少々にトウバンジャンを入れ、
さっと茹でたモヤシをあわせる。
スープは市販のものにニンニクのスライスと
鷹の爪を入れて沸騰させた。
チャーシューを切り、お湯がぐらぐらしたら麺を入れ
短時間で茹で上げる。
麺はコシの強いタイプが好きだ。
具と麺を
さささ、と盛り付け。
完成。(写真つき)
誰の遠慮もいらない自分だけの
ラーメンは美味い。
でも、太りそうなんだよな。
まあ、いいか寒いから。
1月28日(日付変わったけど)
雪の後を歩くと転ぶ危険性あり。
さらに、デブゆえに骨折の危険性あり、
と判断して1日中家にいた。
何をしていたかといえば
単に惰眠をむさぼっていただけ。
いろいろなアイデアを考えなくては
いけないのだけど
どうにも頭が働かない。
一応枕もとにネタノートをおいて
あれこれ書くが、どうもなぁ。
1個だけちょっとやりたい企画が浮かんだが
あとはダメダメダメ。
と、突然、腹痛と歯痛が襲ってきた。
腹のほうは治ったが、
歯痛が……。
まだ鈍くいたい。
特に穴が開いてるわけでもないんだけど
神経的なものだろうか?
意外に弱い自分を知る。
窓からジャーベットをひっくり返したような
街をみてぼんやりしてしまった1日だった。
何か書かなくては、何かやならくては
という焦りは明日以降にしておこう。
明日は裁判でも見てくるかな。
ではでは。
1月29日(月曜日)
本日はもろもろの原稿を書くため
事務所からの更新。
昨日は夜中になってから
異様な歯の痛みで眠れなかった。
歯が痛くなったのは何年ぶりだろう。
左の上下が同時に痛くなり鈍痛が続く。
寝ようと思ってもダメ。
で、朝イチで歯医者に行こう、と決心したら
いつの間にか眠っていた。
で、朝になったら痛くない。
なんだろう?
喉元過ぎれば熱さ忘れる、
歯痛治れば歯医者忘れる、
イってしまえば○○忘れるだ。
でも、事務所について
アレコレ仕事をして原稿を書き始めたら
また、痛くなってきた。
ひょっとするとこれは精神的なものなのかも。
やばいなぁ。
以前、取材したお医者さんにも言われたのだが
デブは精神的に繊細な人が多いそうだ。
ゆえに……。
精神というのは一度病んでしまうと
治らないそうだ。
そんなに心は弱くなかったと思うのだが。
でも、同じ部分が痛いので精神的なもの
じゃない気もするし。
とりあえず、明日こそ歯医者に行こう。
でも、裁判所にも行きたいんだけど、
ああ、時間がない。
1月はマジで仕事が少なかったように
感じているので頑張らないと。
やっぱり不景気なんだよね、
そう思うでしょう皆さんも。
で、メルマガなんぞ始めてみようかなぁ、なんて。
ちゃんとやらないとダメみたいだけど
お仕事の一環としてPCを使ってみたいわけです。
なんかアイデアないかな。
メルマガの人気を見ると
懸賞と出会いばかり。
つまり実益が出そうな情報に興味がある
というわけですね。
出会いなんて実益出したり
違う液出すまで大変だけど。
(下品でごめんなさい)
この不景気な世の中に実益のでそうなコトって?
なんか趣味っぽいことの方が続くかな……。
歯痛で苦しみながら考えます。
1月30日(またまた日付は変わったけど)
キュ〜ィ〜ィという音が久々に脳天を
刺激した1日だった。
昨日から悩まされていた歯痛に我慢できず、
朝から歯医者へ。
家のすぐそばにできていた歯医者に
ブラリと寄った。
受付で「あの、初めてなんですけど」と
(だから、痛くしないで)と女のコになった気持ちで
保険証をさし出すと
「あ、通りすがりですか?」
奇妙なことを言われた。
特に紹介者でもなく、予約の電話もなく
訪れたからだろう。
「いや、うちこの裏なんですよ」
とお姉さんに言うと
「ああ、そうですか。ではこちらに」
とアンケート用紙を渡される。
書き込みながら
「もう、ついでだから悪いところは
全部治そうと思ってるんですよ」
「それはいいですね」
「顔や性格、あとスタイルなんかも平気?」
と冗談で言ったら
「うちは歯医者ですから」
と冷静にあしらわれた。
真面目なコは好きだ。
最新設備なのだろうけど、まるで美容院のようだ。
堀切菖蒲園に住んでいた子供のころ
(もう20年以上前だな)に生まれて初めていった歯医者は
軍医上がりで「乱暴だが腕はいい」という評判のお医者さんで
「ああ、どうせいずれ生えてくんだから抜いちまえ!」
とワタクシの乳歯を一度に4本抜いた。
「かあちゃんのオッパイばっかり吸ってるから虫歯になるんだ!」
とまで言われ恐怖におののいた記憶がある。
それ以来、歯医者は苦手なのだ。
ところが、ここの先生はソフトだった。
結局、虫歯が進行していただけだったのだが
結局、根が深く神経を抜くことに。
で、麻酔を打ったのだが最近の麻酔って痛くないので驚いた。
昔は針が歯と歯の間に強引に突き刺さって
独特の麻酔液の味を舌に感じたものだが
そういう辛さはまったくなかった。
でも、何故か怖い。
妙に全身に力が入ってしまい
キュ〜ィ〜ィと歯を削られている間は
生きた心地がしないわけだ。
口を開けつづけているのも意外に辛い。
(もう、女のコに『もっと』とか無理なお願いはしません)
と神様にお願いしているうちにようやく終わった。
痛くはなかったのだが少し涙が出た。
すると
「はい、泣かないでください」
と助手の女性にティッシュを渡される。
ちょっと
恥ずかしい33歳。
歯医者が終わってから
久々に裁判所へ。
で、ここでも涙が出そうになったんだけど
それは
『裁判所で会おう』で。
明日は週刊宝石の編集部に過去に自分が
やった記事を切り抜きにいく。
今後の営業に使えればいいけど。
何故か疲れた1日だった。
1月31日(日付はまたまた変わったけど)
今日は週刊宝石の編集部に
過去にやった記事を切り抜きにいった。
(ああ、懐かしきことばかり……)
と思っていたのは最初の1時間ぐらい。
あとは面倒になって
(まあ、いいや)
と投げ出してしまった。
あまりにもやったページが
多すぎるのだ。
で、適当に切り抜いて撤収。
その後、4FにあがりフラッシュEXの打ち合わせ。
その後、スタッフと焼肉をご馳走になる。
で、日本酒をふたりで約1升。
飲みすぎだね。
その後、インディーズAVの社長さんから
電話があり、新宿に移動。
で、焼酎をかなり。
そうだな、世間様から言えば
今の状態は酔っ払いなのかな。
明日は朝9時30分から歯医者です。
で、その後、新宿で人妻取材。
頑張んないとなぁ。
ではでは。
酔っ払いだからまとめらんないんだな、これが。
へへっ。